携帯電話のアラームが、ユリアに朝が来たのを告げていた。
カーテンから漏れる光の強さにうなって、彼女は窓から顔を出す。なにかが落ちてきそうなほど、空は一面平らに青で塗りつくされていた。そこにだれもいないのがわかっていながら、ユリアはおはようと声を出す。どこかのだれかが彼女にあいさつを返してくれる。
昨日はずっと部屋から出ないままだったなと、彼女は悔やむ。ずっと閉じこもっていると、この部屋が世界のすべてなんじゃないかという気がしてきて、その傲慢さが彼女を余計に過去へ引き戻そうとするからだ。
だが、世界は私の認識の内側にしか存在しないのだから、そう思えてくるのは当然だといえた。単にこの部屋の外側にも空間が広がっていることを知っていたって、世界が広いということにはならない。あるいは、私が認識できないほどに世界は細かく分割されているのかもしれない。人間が生まれる前は、世界は一枚でつながっていた。けれど、人々は寒さや暑さを防ぎ、快適な空間の従属性を手に入れるために、空間を建物で分割した。また、車や電車という移動できる空間さえ作り出した。そうして、私には空間と呼ぶことのできない場所が無数にできあがった。
彼女はトイレに立ち、顔を洗って部屋に戻ってくる。両親はとなりの部屋で静かに眠っていた。パジャマを脱いで、ブーツカットのジーパンをはき、グレーのタイトニットを頭からかぶる。
鏡を見ながら髪の毛をくしけずる。まんべんなくファンデーションを塗り、ブラシでチークをなじませていく。ユリアは新しい口紅のビニールを取り外した。ミナと二人で、成人式につけていこうと選んだものだ。唇をかたどるように塗りつぶし、指でたたく。いままでよりすこし濃い目だ。たしかに目線が唇に引きこまれていく感じはするけれど、それが大人っぽいということなのか、ただエッチさを引きたてただけなのか、ユリアはクビをかしげてしまった。中央にグロスをつけて、ぷっくりとした立体感を出す。もう一度真正面を向いて、全体のバランスをたしかめる。これが成人の顔。私は晴れて大人になった。
「君はこれから大人になっていく。だれからも認められ、社会という構造に取りこまれていく。自分一人という自由を失いながら、自分の居場所を見つけていく。その位置はひとそれぞれ異なり、広さも高さもすこしずつ変わっていくだろう」
だれかの声が聞こえる。ユリアは携帯電話を充電器からはずし、ハンドバッグに入れる。財布とハンカチと手帳。鏡と化粧道具。電子辞書。ひとつひとつが、いつか私をかたちづくる道具になる。
カーテンから漏れる光の強さにうなって、彼女は窓から顔を出す。なにかが落ちてきそうなほど、空は一面平らに青で塗りつくされていた。そこにだれもいないのがわかっていながら、ユリアはおはようと声を出す。どこかのだれかが彼女にあいさつを返してくれる。
昨日はずっと部屋から出ないままだったなと、彼女は悔やむ。ずっと閉じこもっていると、この部屋が世界のすべてなんじゃないかという気がしてきて、その傲慢さが彼女を余計に過去へ引き戻そうとするからだ。
だが、世界は私の認識の内側にしか存在しないのだから、そう思えてくるのは当然だといえた。単にこの部屋の外側にも空間が広がっていることを知っていたって、世界が広いということにはならない。あるいは、私が認識できないほどに世界は細かく分割されているのかもしれない。人間が生まれる前は、世界は一枚でつながっていた。けれど、人々は寒さや暑さを防ぎ、快適な空間の従属性を手に入れるために、空間を建物で分割した。また、車や電車という移動できる空間さえ作り出した。そうして、私には空間と呼ぶことのできない場所が無数にできあがった。
彼女はトイレに立ち、顔を洗って部屋に戻ってくる。両親はとなりの部屋で静かに眠っていた。パジャマを脱いで、ブーツカットのジーパンをはき、グレーのタイトニットを頭からかぶる。
鏡を見ながら髪の毛をくしけずる。まんべんなくファンデーションを塗り、ブラシでチークをなじませていく。ユリアは新しい口紅のビニールを取り外した。ミナと二人で、成人式につけていこうと選んだものだ。唇をかたどるように塗りつぶし、指でたたく。いままでよりすこし濃い目だ。たしかに目線が唇に引きこまれていく感じはするけれど、それが大人っぽいということなのか、ただエッチさを引きたてただけなのか、ユリアはクビをかしげてしまった。中央にグロスをつけて、ぷっくりとした立体感を出す。もう一度真正面を向いて、全体のバランスをたしかめる。これが成人の顔。私は晴れて大人になった。
「君はこれから大人になっていく。だれからも認められ、社会という構造に取りこまれていく。自分一人という自由を失いながら、自分の居場所を見つけていく。その位置はひとそれぞれ異なり、広さも高さもすこしずつ変わっていくだろう」
だれかの声が聞こえる。ユリアは携帯電話を充電器からはずし、ハンドバッグに入れる。財布とハンカチと手帳。鏡と化粧道具。電子辞書。ひとつひとつが、いつか私をかたちづくる道具になる。
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by blazeknight
| 2010-01-01 19:42
| 生まれつきの反逆者